2008年12月07日
・同居記録:73
☆2008.9.23。 食事の塩分について。
最近は目が不自由だという母ですが、光がある場所ではそうでもないんです。
既述したように両眼(とは言っても左目は失明)の裸眼で0.2だから不自由には違いない。白内障の術後は問題ないのでしょうが、食事での塩分の要求量が多く、一向に改めようとしないから仕方がありません。サラダ類にしても私が醤油風味、味噌風味、紫蘇風味、ニンニク風味、生姜風味にゴマ風味・・、と嗜好を凝ったドレッシングでしっかりと味付けをしても、その上から必ず醤油を更にかけて食べます。
「お母さん、ちゃんと尚さんが美味しく仕上げてくれているのに・・・」、と嫁が言えば、「美味くないものは美味くない!」、と作った私を前にして言います。
母の育った歌が浦は港町で[焼きあご・飛び魚の事]の生産で知られている程の漁業の町でしたから、「魚は刺身に干し物に煮付けに塩焼きと毎日3度でも食べていた」、と母は言います。
母の母、ライさんの腎臓病も塩分の摂り過ぎだったはずです。幾ら歳をとってもこの食事の嗜好は変わっても味付けに強い塩分を要求する事だけは変わらないようです。皆様のご家庭ではどうなのでしょうか。
結局、血圧が高いから塩分はいけないと、その塩分を体外に出す薬を病院が調剤するから出した分を欲しくなるんだと思います。結局、鼬ごっこになっているんです。これは私が我が身を以て試してみたんです。
私がこの塩分を体外に出す薬を飲むとグターッと疲れてしまって居眠りばかりしましたから、塩分って生体にとって必要なものでもあるんだ、とつくづく思いました。
しかし、母の場合には明らかに塩分の過摂取剰には違いありません。父が健在な頃ですから、既に60代の頃から母の両脚は指で押さえるとボクッと凹んでいましたから長年の間の塩分過剰な摂取があったのだと思います。
母はとても料理が上手でした。それに漬け物名人でした。これもライさんが作る姿を観察していて覚えたと母は言います。布団作りも、裁縫も誰にも習った事はないそうです。
美味しい料理と美味くない料理の差というのは、この塩分調整でもあるんですね。例えば、塩分100で万人が美味い、と感じるとしたら。99では、「うーん、いまいち」。101では、「塩っぱ過ぎてまずい」、と言われるほどに塩分って大事な味覚の要素なんですね。だから、調味料は、[○○○ナトリウム]というように必ず塩分と反応させて作ってあります。生命って、元々が海から誕生したものですからね。
☆母の目。実は視力よりも暗さではないだろうか?。
「あら、あんな高い所で作業して・・危ないね」、とデイに通う車中、母はかなりの距離がある所の様子を見ながら私に話し掛ける事があります。高く遠くを飛ぶ旅客機や自衛隊のヘリコプターなど蚊みたいに小さく見える物体を私にも見てみろと言うんです。
「後の羽根(尾翼)」にはANAと書いてある」、とさえ言います。その他にも、「ほら、あの建物の上にある尖った棒(避雷針)はお前には何本見える?」、と訊ねたりもします。
腎臓の働きが悪くなってくると血液の浄化も弱くなっていき目の視力にも影響がありますね。目の中の濁りの状態が改善されなければ視力としてはあっても光(映像)が網膜に達しにくくなりボヤけて見えるようになります。白内障の術後には問題がないとすれば血液の濁り、つまり、腎臓の浄化作用が悪くなっているということでしょうか?。そうであれば前述した塩分の過剰摂取はよくありません。
それと、もう一点、白内障の手術の際にどの距離のモノをくっきりと見えるようにレンズを作り、埋め込んであるかでしょうか。
遠近両用メガネを買う際、「どの距離に焦点を合わせたレンズを作りましょうか?」、という質問がありますね。これはその人の生活環境に合わせようとする為です。
タクシードライバーであれば40m手前から信号の矢印がはっきりと認識できる距離、職業としてレジ前に立つ事の多い人は手元に焦点を合わせる、といったレンズの作り方をするはずです。そういう意味で母の白内障時の手術で作られたレンズは比較的に遠くのモノを認識するように作られているような気がします。しかし、この母の白内障の手術を決めて話を進めていったのは兄夫婦ですから私には分らない事です。
「私にはTVの画面がよく見えない、部屋が暗い」、と言う割に明るい日には遠くの蚊みたいに飛ぶ飛行機を見つけるのが上手い母の日常を見ていると、どうも母の目に埋められたレンズは遠距離用(長焦点レンズ)のような気がしています。だから、暗いのは目の中の液体の汚れ、近くが見えないのはレンズが原因ではないかと思えます。
2007年2月に作った[♪:ホッホ]という作品があります。実は、その作品の2番の詩に次のような部分がありますが、そんな母の様子を唄っているんです。申し訳ないのですが1番だけでも聴いて下さい。
♪:連れて行っておくれよ博多の町に、ホッホ・母が言う。
みね子さんと通ったあの桜坂は今でもあるかしら。
もう一度、よく見てご覧、ちょっと違うんじゃない?、みね子さんは隣の人。
母がアルバム広げて指さす人は、母の見知らぬ人。
少し部屋が暗い気がする目のせいかしら、ホッホ・母が笑う。
人前で弱音を吐くのが嫌いな母は、ホッホ・いつも自分を隠す。
私にはお前の顔がよく見えないよ、ホッホ・母が笑う。
とても不安なはずなのに、気になるはずなのに、ホッホ・笑って誤魔化す。
♪:ホッホ(2007.2))
最近は目が不自由だという母ですが、光がある場所ではそうでもないんです。
既述したように両眼(とは言っても左目は失明)の裸眼で0.2だから不自由には違いない。白内障の術後は問題ないのでしょうが、食事での塩分の要求量が多く、一向に改めようとしないから仕方がありません。サラダ類にしても私が醤油風味、味噌風味、紫蘇風味、ニンニク風味、生姜風味にゴマ風味・・、と嗜好を凝ったドレッシングでしっかりと味付けをしても、その上から必ず醤油を更にかけて食べます。
「お母さん、ちゃんと尚さんが美味しく仕上げてくれているのに・・・」、と嫁が言えば、「美味くないものは美味くない!」、と作った私を前にして言います。
母の育った歌が浦は港町で[焼きあご・飛び魚の事]の生産で知られている程の漁業の町でしたから、「魚は刺身に干し物に煮付けに塩焼きと毎日3度でも食べていた」、と母は言います。
母の母、ライさんの腎臓病も塩分の摂り過ぎだったはずです。幾ら歳をとってもこの食事の嗜好は変わっても味付けに強い塩分を要求する事だけは変わらないようです。皆様のご家庭ではどうなのでしょうか。
結局、血圧が高いから塩分はいけないと、その塩分を体外に出す薬を病院が調剤するから出した分を欲しくなるんだと思います。結局、鼬ごっこになっているんです。これは私が我が身を以て試してみたんです。
私がこの塩分を体外に出す薬を飲むとグターッと疲れてしまって居眠りばかりしましたから、塩分って生体にとって必要なものでもあるんだ、とつくづく思いました。
しかし、母の場合には明らかに塩分の過摂取剰には違いありません。父が健在な頃ですから、既に60代の頃から母の両脚は指で押さえるとボクッと凹んでいましたから長年の間の塩分過剰な摂取があったのだと思います。
母はとても料理が上手でした。それに漬け物名人でした。これもライさんが作る姿を観察していて覚えたと母は言います。布団作りも、裁縫も誰にも習った事はないそうです。
美味しい料理と美味くない料理の差というのは、この塩分調整でもあるんですね。例えば、塩分100で万人が美味い、と感じるとしたら。99では、「うーん、いまいち」。101では、「塩っぱ過ぎてまずい」、と言われるほどに塩分って大事な味覚の要素なんですね。だから、調味料は、[○○○ナトリウム]というように必ず塩分と反応させて作ってあります。生命って、元々が海から誕生したものですからね。
☆母の目。実は視力よりも暗さではないだろうか?。
「あら、あんな高い所で作業して・・危ないね」、とデイに通う車中、母はかなりの距離がある所の様子を見ながら私に話し掛ける事があります。高く遠くを飛ぶ旅客機や自衛隊のヘリコプターなど蚊みたいに小さく見える物体を私にも見てみろと言うんです。
「後の羽根(尾翼)」にはANAと書いてある」、とさえ言います。その他にも、「ほら、あの建物の上にある尖った棒(避雷針)はお前には何本見える?」、と訊ねたりもします。
腎臓の働きが悪くなってくると血液の浄化も弱くなっていき目の視力にも影響がありますね。目の中の濁りの状態が改善されなければ視力としてはあっても光(映像)が網膜に達しにくくなりボヤけて見えるようになります。白内障の術後には問題がないとすれば血液の濁り、つまり、腎臓の浄化作用が悪くなっているということでしょうか?。そうであれば前述した塩分の過剰摂取はよくありません。
それと、もう一点、白内障の手術の際にどの距離のモノをくっきりと見えるようにレンズを作り、埋め込んであるかでしょうか。
遠近両用メガネを買う際、「どの距離に焦点を合わせたレンズを作りましょうか?」、という質問がありますね。これはその人の生活環境に合わせようとする為です。
タクシードライバーであれば40m手前から信号の矢印がはっきりと認識できる距離、職業としてレジ前に立つ事の多い人は手元に焦点を合わせる、といったレンズの作り方をするはずです。そういう意味で母の白内障時の手術で作られたレンズは比較的に遠くのモノを認識するように作られているような気がします。しかし、この母の白内障の手術を決めて話を進めていったのは兄夫婦ですから私には分らない事です。
「私にはTVの画面がよく見えない、部屋が暗い」、と言う割に明るい日には遠くの蚊みたいに飛ぶ飛行機を見つけるのが上手い母の日常を見ていると、どうも母の目に埋められたレンズは遠距離用(長焦点レンズ)のような気がしています。だから、暗いのは目の中の液体の汚れ、近くが見えないのはレンズが原因ではないかと思えます。
2007年2月に作った[♪:ホッホ]という作品があります。実は、その作品の2番の詩に次のような部分がありますが、そんな母の様子を唄っているんです。申し訳ないのですが1番だけでも聴いて下さい。
♪:連れて行っておくれよ博多の町に、ホッホ・母が言う。
みね子さんと通ったあの桜坂は今でもあるかしら。
もう一度、よく見てご覧、ちょっと違うんじゃない?、みね子さんは隣の人。
母がアルバム広げて指さす人は、母の見知らぬ人。
少し部屋が暗い気がする目のせいかしら、ホッホ・母が笑う。
人前で弱音を吐くのが嫌いな母は、ホッホ・いつも自分を隠す。
私にはお前の顔がよく見えないよ、ホッホ・母が笑う。
とても不安なはずなのに、気になるはずなのに、ホッホ・笑って誤魔化す。
♪:ホッホ(2007.2))
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