2008年12月05日
・同居記録:71
☆嫁が受けた講義のメモ帖から失語症について。
失語症とは発声器官や聴覚には異常がないのに既に獲得している言葉を話す、聞く、書く、読む、理解するなどが困難になる事を指すそうです。
原因としては、特に脳血管障害などの右片麻痺に合併する形で起き、大脳の言語野が損傷を受けた為に起こるとされています。言葉を聞き取れて理解できていても話せない[運動性失語症]や言葉自体の概念への理解が失われる[感覚性失語症]、などがあるそうです。
☆認知症高齢者の感情面、心理面について。
感情面で言えば、認知症がかなり進行しても変化が伴って進行する事はないそうです。しかし、健康な高齢者の感情とは異なるケースも多々あるそうです。
例えば、低~中程度の認知症の場合には周囲の人の表情や仕草、使う言葉などに容易に反応して激怒したりするそうです。何故なら不安や焦燥感、依存心や防御心など、普段からうつ状態、被害心理に支配されて苦しんでいて、その苦しみを言葉で適切に周囲に伝えて助けを求める事ができずにいるからです。
だから我家の母は自立神経失調症だ、自己主張が酷くなった、などと簡単に思うべきではありません。「年老いて何の役にも立たなくなった自分が周囲にどう思われているか」、を悩んでいるかも知れないのです。
私の母も、「私に何かできる事はないかい」、とよく聞いてきます。しかし、腕の力も指の力も衰えた母は和え物に使うゴマを擂る事も出来ません。擂り鉢の中のゴマが殆ど潰れないのです。
また、一部の認知症高齢者の中にはいつも笑顔で幸せ一杯という表情をした人もいるそうです。私の母の場合、例え機嫌が悪い時でも来宅者があった際にはニコニコと応じますが、あれは見事です。お客様には気まずい思いをさせてはいけない、という考えを持ち続けているからでしょうか?。
「ほら、尚宏!、お茶でも出しなさい」、と矍鑠とした日があります。しかし、お客様が帰られた途端、「さっきの人は誰?、何を言いに来られたの?」、となり、更に2時間も経てばお客様が来られた事自体が分らなくなっています。
認知症には嬉しいのに泣いたり、悲しいはずなのに笑うという[感情失禁」というものもあるそうです。私の母の場合にも転んで痛いはずなのに笑っていたり、嫁が頭が痛いと言っているのに笑って見ていたりしますから、これも当てはまります。
個人差が大きくあるそうですが、一般的に認知症の進行と共に言語障害も進み、話題に一貫性がなくなっていき、断片的で事の顛末を理解するのが困難になるようです。
骨折中の嫁が、「今日はマヨネーズを買って帰ってネ」、と私に言っている最中に、「そうね、電信柱が傾いていて、あれは危ないよね・・」、と全く無関係な話をし始める事がよくあります。でも、私は笑いません。
多分、母にはずっと気になっている事があって、母の聴覚異常と強い自己主張(常に話題の真ん中に居たがる)性格などが重なった時にそのような言葉が母の口から発せられるのではないかと思っています。実際、我家のそばには傾いた電柱があって、母の座る場所からはそれがいつも見えているんです。
☆既述した施設での母の転倒事故の件に関係がありますが・・・。自尊心の問題。
認知症高齢者の失敗行動を叱ったり、注意や強制的な指導をする事は認知症高齢者の自尊心を傷つける事になります。
寸前の行動を憶えていない場合があって、それを叱られた理由は理解しないが、叱られた際の屈辱感だけは残ってしまいます。また、本人にはできない事を無理にさせる事でも深く傷ついてしまいます。一般的に、叱らない、訂正しない、説得しない、理屈責めにしない,、強制的な指導をしない事が大切だと言われます。
失語症とは発声器官や聴覚には異常がないのに既に獲得している言葉を話す、聞く、書く、読む、理解するなどが困難になる事を指すそうです。
原因としては、特に脳血管障害などの右片麻痺に合併する形で起き、大脳の言語野が損傷を受けた為に起こるとされています。言葉を聞き取れて理解できていても話せない[運動性失語症]や言葉自体の概念への理解が失われる[感覚性失語症]、などがあるそうです。
☆認知症高齢者の感情面、心理面について。
感情面で言えば、認知症がかなり進行しても変化が伴って進行する事はないそうです。しかし、健康な高齢者の感情とは異なるケースも多々あるそうです。
例えば、低~中程度の認知症の場合には周囲の人の表情や仕草、使う言葉などに容易に反応して激怒したりするそうです。何故なら不安や焦燥感、依存心や防御心など、普段からうつ状態、被害心理に支配されて苦しんでいて、その苦しみを言葉で適切に周囲に伝えて助けを求める事ができずにいるからです。
だから我家の母は自立神経失調症だ、自己主張が酷くなった、などと簡単に思うべきではありません。「年老いて何の役にも立たなくなった自分が周囲にどう思われているか」、を悩んでいるかも知れないのです。
私の母も、「私に何かできる事はないかい」、とよく聞いてきます。しかし、腕の力も指の力も衰えた母は和え物に使うゴマを擂る事も出来ません。擂り鉢の中のゴマが殆ど潰れないのです。
また、一部の認知症高齢者の中にはいつも笑顔で幸せ一杯という表情をした人もいるそうです。私の母の場合、例え機嫌が悪い時でも来宅者があった際にはニコニコと応じますが、あれは見事です。お客様には気まずい思いをさせてはいけない、という考えを持ち続けているからでしょうか?。
「ほら、尚宏!、お茶でも出しなさい」、と矍鑠とした日があります。しかし、お客様が帰られた途端、「さっきの人は誰?、何を言いに来られたの?」、となり、更に2時間も経てばお客様が来られた事自体が分らなくなっています。
認知症には嬉しいのに泣いたり、悲しいはずなのに笑うという[感情失禁」というものもあるそうです。私の母の場合にも転んで痛いはずなのに笑っていたり、嫁が頭が痛いと言っているのに笑って見ていたりしますから、これも当てはまります。
個人差が大きくあるそうですが、一般的に認知症の進行と共に言語障害も進み、話題に一貫性がなくなっていき、断片的で事の顛末を理解するのが困難になるようです。
骨折中の嫁が、「今日はマヨネーズを買って帰ってネ」、と私に言っている最中に、「そうね、電信柱が傾いていて、あれは危ないよね・・」、と全く無関係な話をし始める事がよくあります。でも、私は笑いません。
多分、母にはずっと気になっている事があって、母の聴覚異常と強い自己主張(常に話題の真ん中に居たがる)性格などが重なった時にそのような言葉が母の口から発せられるのではないかと思っています。実際、我家のそばには傾いた電柱があって、母の座る場所からはそれがいつも見えているんです。
☆既述した施設での母の転倒事故の件に関係がありますが・・・。自尊心の問題。
認知症高齢者の失敗行動を叱ったり、注意や強制的な指導をする事は認知症高齢者の自尊心を傷つける事になります。
寸前の行動を憶えていない場合があって、それを叱られた理由は理解しないが、叱られた際の屈辱感だけは残ってしまいます。また、本人にはできない事を無理にさせる事でも深く傷ついてしまいます。一般的に、叱らない、訂正しない、説得しない、理屈責めにしない,、強制的な指導をしない事が大切だと言われます。
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