2009年02月12日
♪:同居記録:92
☆2008.10.21。最近の母の朝が早い。
昨晩、母の就寝時刻は22:00近く。最初のトイレが1:20。2度目が3:20。
「もう、起きる時間だろう?、ご飯でも炊こうかね」、と母が言う。
「早いよ。ほら、外はまだ真っ暗さ」、と私は母の部屋のカーテンをを開けて外の様子を見せる。
母を納得させて再びベッドに横にさせた私はそのまま台所に行き、牛乳を一口飲んで部屋に戻るのですが、隣の母の部屋からはもう軽いいびきさえ聞こえます。
そして、5:40になると母はピタッと判で押したように起床します。この時にも私は起きるのですから私の睡眠不足は恒常的になっています。この生活パターンの蓄積は私には堪えます。
姉の話では7~8年ほど前の母は寝る前には睡眠薬を飲んでいたと言います。私にも僅かな記憶がありますが、母の50歳代半ばの頃には常備薬みたいに茶の間の棚に置いてあった気がしますが、この熊本の我が家に来てからの母が眠れていないな、と思う日はあまり見掛けません。
しかし、よく眠るようになった事を手放しでは喜べません。それは老いてきて免疫性が低下した為に一日の疲れの回復が遅くなったからではないかとも思えるのです。
私達の一日に較べ、お年寄りの一日は長いもの。疲れ方も私達とは違うはず。しかし、気丈夫な母は、「横になれ、休め」、という言葉をあまり歓迎しません。
デイ施設から帰って横になっても直ぐに起きようとします。1分1秒でも私達と同じ時間を過ごそうとしてしているのです。
まるで、崖から滑り落ちる瞬間に岩壁に見つけた一本のツタを必死に掴み、落ちるのは嫌だ、死ぬのは嫌だと叫んでいるかのような姿にさえ見える時があります。皆さん、老いをそのように捉え考えた事ってありませんか。
今朝、デイに出掛ける車に乗ろうと嫁に車椅子を押された母が玄関先で言った言葉、「迎えに来るのが・遅いね」。
「誰かが迎えに来るんですか?」、と嫁。
「ほほっ、そりゃそうさ。でなきゃ学校には行けんよ」、と母。
「そうじゃないでしょ。いつも尚さんが送って行くでしょ?」、と嫁。
「・・知らんよ。ほほっ、あの人はそんな事はせんでしょ」、と母。
「あの人って、誰ですか?」、と嫁。
「あの人はね・・・。あの人は私の弟タイ」、と母。
洗面所にいる私に向かって、「尚さ~ん、また、お母さんが変な事言い出して・・」、と叫びます。
「うふっ、では今日は弟になりきってみせまっしゅう」。
ずっと荒れ気味の母でしたが、ここにきて嫁との雰囲気も元に戻ったようです。とてもいい関係の最近です。
☆2本でも御身足(おみあし)とは、これ如何に。。
「はい、着きましたよ」、と私はデイ施設Kや我が家の駐車場で母に車の乗降をさせる度に、「ハイ、オミアシを乗せて・出して」、と繰り返します。
母には敬語を使うととても素直になって協力的になるという一面があるからです。
最初の頃には、「えへっ、御身足ってね」、と照れていましたが、慣れてくると言葉の響きが心地よいのか、「ハイ、御身足。お母様の御身足よ」、と車の乗り降りの度に言うようになっています。
先日などは、「2本でも御身足(おみあし)とは、これ如何に」、と私に言うのです。これには驚きました。母のジョークへの理解・・、これでも確実に減衰しているんですよ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
☆遣り残したものこそが自分の宝物、最後の夢。
夢を持ち、挑戦し、夢破れ、別な道を模索し、お腹が空いて一休み。若い頃には幾つでもどんな事にでも挑戦できる能力がありました。時間もありました。気づかない事の方が多かっただけ。でも、気づきさえすれば一心不乱に何度でも挑戦ができました。失敗がエネルギーの源でした
でも、老いてからの挑戦って若者の頃のように思い通りにならなくなる事の方が多いのは何故でしょう?。
それは若い頃のようにゼロからのスタートではなく、何かをしながら夢を語ったり、持っていてはいけないモノをぶら下げたままで別な道を模索するから、「どっちつかず」、になるんです。
既に、「捻れの人生」、でも書きましたが、捻れを持つ人の人生ってそんなものだと思います。この捻れを認める事から始めないと再スタート地点に立ったつもりでも立ってはいなんです。
人間って、生きてきた中で築き上げた財産、キャリアがある一方、犯す罪悪だって沢山あるんです。周囲から受ける批判、妬みだって財産の一つ。その事に気づかないうちは何をしようにもそれがスタート地点とは言えません。
人生の垢って言うんですか?。心にこびり付いたモノはなかなか剥がれないし、剥がそうとも思わないのが人間なんですね。
そう考えると、私の遣り残したものって音楽だったのでしょうか?。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
♪:金木犀
①いつになく冷えた朝 窓の外は深い秋 雪のように舞い落ちる金木犀 白い季節はすぐ・・そこ
静かな寝息立て 今朝は母がまだ眠ってる 昨日、届いたばかりのハーモニカ 枕のそばに置いたまま
窓を少し開けましょうか? 母の眠りを邪魔せぬように そして香り放てよ金木犀 今朝は君が母を起こせ
カーテン越しに朝日が射します 窓の外は深い秋 庭の隅に積もった金木犀 白い季節はすぐ・・そこ
風が部屋を訪ねます 母に季節を届けます やがて母が静かに眼を覚す まるで幼子のように
お茶でも飲みましょうか? 耳元で母に尋ねましょう そして香り放てよ金木犀 君が窓辺に母を・・呼べ
今は秋? 母が聞く 春はまだ? 母が聞く・・ 途切れ途切れの記憶の中に 忘れられない事がある
古びたアルバム 開く度に 破れた写真 継ぎ足す度に 母の記憶が つかの間・・戻る
② 92度目の冬が来る 辛い事など一つもなかった 愉しい事だけ覚えているさ 私にいつも・・言う
母が昨夜の夢を話します 幼い頃は近所のミッチャンと 川に水汲み山には小さなビャラ集め
みつえサンも同じ夢をみたかも
会いに行きましょうよ 貴方を慕うみつえサンに そして、姉のふじえサンにも会えるかも
歌が浦は・・母の古里
花言葉は「気高い人」母には似合うかしら? 香り届けよ思い伝えよ金木犀 母には「素朴さ」が似合う
日毎夜毎に匂い立ち 日毎夜毎に舞落ちる やがて命短かし金木犀
希望を母に与えて・・くれ
厚めの布団に替えましょうか? それとも薄手を重ねましょうか? 部屋に飾り続けた金木犀
今日で君とは・・お別れ
今は秋? 母が聞く 春はまだ? 母が聞く・・途切れ途切れの記憶の中に 忘れられない事がある
古びたアルバム 開く度に 破れた写真 継ぎ足す度に 母の記憶が つかの間・・戻る
いつになく冷えた朝 窓の外は深い秋 秋の終わりを告げて散る金木犀 白い季節はすぐ・・そこ
昨晩、母の就寝時刻は22:00近く。最初のトイレが1:20。2度目が3:20。
「もう、起きる時間だろう?、ご飯でも炊こうかね」、と母が言う。
「早いよ。ほら、外はまだ真っ暗さ」、と私は母の部屋のカーテンをを開けて外の様子を見せる。
母を納得させて再びベッドに横にさせた私はそのまま台所に行き、牛乳を一口飲んで部屋に戻るのですが、隣の母の部屋からはもう軽いいびきさえ聞こえます。
そして、5:40になると母はピタッと判で押したように起床します。この時にも私は起きるのですから私の睡眠不足は恒常的になっています。この生活パターンの蓄積は私には堪えます。
姉の話では7~8年ほど前の母は寝る前には睡眠薬を飲んでいたと言います。私にも僅かな記憶がありますが、母の50歳代半ばの頃には常備薬みたいに茶の間の棚に置いてあった気がしますが、この熊本の我が家に来てからの母が眠れていないな、と思う日はあまり見掛けません。
しかし、よく眠るようになった事を手放しでは喜べません。それは老いてきて免疫性が低下した為に一日の疲れの回復が遅くなったからではないかとも思えるのです。
私達の一日に較べ、お年寄りの一日は長いもの。疲れ方も私達とは違うはず。しかし、気丈夫な母は、「横になれ、休め」、という言葉をあまり歓迎しません。
デイ施設から帰って横になっても直ぐに起きようとします。1分1秒でも私達と同じ時間を過ごそうとしてしているのです。
まるで、崖から滑り落ちる瞬間に岩壁に見つけた一本のツタを必死に掴み、落ちるのは嫌だ、死ぬのは嫌だと叫んでいるかのような姿にさえ見える時があります。皆さん、老いをそのように捉え考えた事ってありませんか。
今朝、デイに出掛ける車に乗ろうと嫁に車椅子を押された母が玄関先で言った言葉、「迎えに来るのが・遅いね」。
「誰かが迎えに来るんですか?」、と嫁。
「ほほっ、そりゃそうさ。でなきゃ学校には行けんよ」、と母。
「そうじゃないでしょ。いつも尚さんが送って行くでしょ?」、と嫁。
「・・知らんよ。ほほっ、あの人はそんな事はせんでしょ」、と母。
「あの人って、誰ですか?」、と嫁。
「あの人はね・・・。あの人は私の弟タイ」、と母。
洗面所にいる私に向かって、「尚さ~ん、また、お母さんが変な事言い出して・・」、と叫びます。
「うふっ、では今日は弟になりきってみせまっしゅう」。
ずっと荒れ気味の母でしたが、ここにきて嫁との雰囲気も元に戻ったようです。とてもいい関係の最近です。
☆2本でも御身足(おみあし)とは、これ如何に。。
「はい、着きましたよ」、と私はデイ施設Kや我が家の駐車場で母に車の乗降をさせる度に、「ハイ、オミアシを乗せて・出して」、と繰り返します。
母には敬語を使うととても素直になって協力的になるという一面があるからです。
最初の頃には、「えへっ、御身足ってね」、と照れていましたが、慣れてくると言葉の響きが心地よいのか、「ハイ、御身足。お母様の御身足よ」、と車の乗り降りの度に言うようになっています。
先日などは、「2本でも御身足(おみあし)とは、これ如何に」、と私に言うのです。これには驚きました。母のジョークへの理解・・、これでも確実に減衰しているんですよ。

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☆遣り残したものこそが自分の宝物、最後の夢。
夢を持ち、挑戦し、夢破れ、別な道を模索し、お腹が空いて一休み。若い頃には幾つでもどんな事にでも挑戦できる能力がありました。時間もありました。気づかない事の方が多かっただけ。でも、気づきさえすれば一心不乱に何度でも挑戦ができました。失敗がエネルギーの源でした
でも、老いてからの挑戦って若者の頃のように思い通りにならなくなる事の方が多いのは何故でしょう?。
それは若い頃のようにゼロからのスタートではなく、何かをしながら夢を語ったり、持っていてはいけないモノをぶら下げたままで別な道を模索するから、「どっちつかず」、になるんです。
既に、「捻れの人生」、でも書きましたが、捻れを持つ人の人生ってそんなものだと思います。この捻れを認める事から始めないと再スタート地点に立ったつもりでも立ってはいなんです。
人間って、生きてきた中で築き上げた財産、キャリアがある一方、犯す罪悪だって沢山あるんです。周囲から受ける批判、妬みだって財産の一つ。その事に気づかないうちは何をしようにもそれがスタート地点とは言えません。
人生の垢って言うんですか?。心にこびり付いたモノはなかなか剥がれないし、剥がそうとも思わないのが人間なんですね。
そう考えると、私の遣り残したものって音楽だったのでしょうか?。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
♪:金木犀
①いつになく冷えた朝 窓の外は深い秋 雪のように舞い落ちる金木犀 白い季節はすぐ・・そこ
静かな寝息立て 今朝は母がまだ眠ってる 昨日、届いたばかりのハーモニカ 枕のそばに置いたまま
窓を少し開けましょうか? 母の眠りを邪魔せぬように そして香り放てよ金木犀 今朝は君が母を起こせ
カーテン越しに朝日が射します 窓の外は深い秋 庭の隅に積もった金木犀 白い季節はすぐ・・そこ
風が部屋を訪ねます 母に季節を届けます やがて母が静かに眼を覚す まるで幼子のように
お茶でも飲みましょうか? 耳元で母に尋ねましょう そして香り放てよ金木犀 君が窓辺に母を・・呼べ
今は秋? 母が聞く 春はまだ? 母が聞く・・ 途切れ途切れの記憶の中に 忘れられない事がある
古びたアルバム 開く度に 破れた写真 継ぎ足す度に 母の記憶が つかの間・・戻る
② 92度目の冬が来る 辛い事など一つもなかった 愉しい事だけ覚えているさ 私にいつも・・言う
母が昨夜の夢を話します 幼い頃は近所のミッチャンと 川に水汲み山には小さなビャラ集め
みつえサンも同じ夢をみたかも
会いに行きましょうよ 貴方を慕うみつえサンに そして、姉のふじえサンにも会えるかも
歌が浦は・・母の古里
花言葉は「気高い人」母には似合うかしら? 香り届けよ思い伝えよ金木犀 母には「素朴さ」が似合う
日毎夜毎に匂い立ち 日毎夜毎に舞落ちる やがて命短かし金木犀
希望を母に与えて・・くれ
厚めの布団に替えましょうか? それとも薄手を重ねましょうか? 部屋に飾り続けた金木犀
今日で君とは・・お別れ
今は秋? 母が聞く 春はまだ? 母が聞く・・途切れ途切れの記憶の中に 忘れられない事がある
古びたアルバム 開く度に 破れた写真 継ぎ足す度に 母の記憶が つかの間・・戻る
いつになく冷えた朝 窓の外は深い秋 秋の終わりを告げて散る金木犀 白い季節はすぐ・・そこ
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