2009年02月05日
♪:同居記録:84
☆姉は分かるはず。若い頃から母自身の中に女性を蔑視する傾向があった。10月7日の母と嫁との叫び合いの遠因にもなっている。
母は自分自身が昭和10年代初期から中期に博多で英文タイピストとして働いたキャリアを持っていながら、2003年の同居開始直後には我が家の嫁が働く姿を見て、「女の癖に働いて」、と非難したものでした。「夕飯の買出しを息子にさせるなんて酷い嫁だ」、とか、「女の癖に、女の癖に」、と何かにつけて言っていました。
似たような事は長男と暮らした時期の数週の間にもあって、兄嫁は過呼吸症候群という厄介なものに悩まされました。
「あのひと(長男の嫁)は一日に1回、必ず1時間くらいは外に出ては近所のお喋り女達と馬鹿話をしている」、と実家に戻った母は兄嫁を評していました。実際には兄嫁は夕飯の買い物に出掛けているだけなのですが、母にはこうした見方をする面が多分に常にあるんです。
電話だってそうです。少しでも話し込んでいると、「また、馬鹿話をして・・」、と非難します。
認知の進行に従い、こうした面が消失するかと思うと、それまでとは違う醜い部分が顔を出してきて以前にも増して増幅することもあります。そして、それはデイ施設という狭い隔離された世界で起きるケースが多いと聞きます。馴れ合いになってくるのか、施設で介護士さんや通所される自分より若いお年寄りに対して失礼な言葉を投げかける母の姿を見ることが結構あります。
「あんたになんか頼まんよ」、「へーっ、あんたにも〇〇ができるのね」、みたいな周囲を小馬鹿にした態度と口利きです。こんな時の母は自分のことを歌が浦のお姫様とでも思っているような感じにさえ思えます。
前述の10月7日の記事の「母と嫁との叫び合い」の遠因はこの辺にもあるんです。「あら、どうしたの今日に限って」、「し慣れない事はやらん方がいいよ」、と認知の進んだ母が投げ掛ける言葉を嫁が必要以上に気に留め、それを何日間にも渡って悩み引きづり考え続けているからあのような突然の叫び合いになるんだと思います。
嫁が使った、「私はお母さんが怖い」、という本当の意味は、「(どう考えても私はお母さんの言葉が理解できない。これ程に必死になってお世話しているのに・・、あんな酷い言葉しか返さないんだろうか・・私はお母さんの心が分からない。お母さんが私のことをどう思っているか・・)、私はお母さんが怖い」、という意味で使ったはずなんです。
嫁の使う言葉は非常に誤解を受ける事が多く、「お前の使う言葉は意味が分かりにくいから、周囲に誤解されやすいゾ。文法に沿った日本語を使え」、といつも注意するのですが・・、これが頑固で絶対に直さないんです。
私は嫁の態度や言葉をそこまで理解した上で嫁を責めているんですが、今度はその私の心を嫁が分からなくてプリプリと私を睨みつけるんです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
☆姉のアドバイスにブログ上で答えてみたい。
家庭内の親子の衝突などの恥ずかしい出来事はブログには書かない方がいいのでなないか、と姉が注意してくれました。
私は我が家が介護家庭ではないのであれば「母と嫁の叫び合い」など書きません。でも、在宅介護で必死に暮らしている介護家庭では似たような親子の過ちや夫婦のぶつかりあいなどは日常的だと思っています。
書く以上は根拠を述べているし、読んだ嫁が介護に対する私の考えを分かってくれたらそれでいいんです。差し支えのない事しか書かないならただのノロケ日記になるし、誰も介護生活への参考にはしないと思います。
私は嫁だけを責めているんじゃないんです。嫁はプロの介護士ですよ、という断りを必ず入れてから書いているつもりです。
母が兄の元に身を寄せた2週間と既にその後の母と6年を暮らす私たちとの暮らしを比較する事自体が意味がないんです。兄嫁と私の嫁の比較なんて今の母には何の意味もなさないと思います。
今の母に対する介護というのは姉が思うようなスタンスでは語れません。
母と兄嫁は仲が良かった、兄嫁はお料理が上手だったということは比較的に心身ともに健常なお年寄りには一番喜ばしい事でしょうが、要介護4にもなるお年寄りの世話となるとそんな精神的な面だけでは絶対に危険です。
その兄嫁だって過呼吸症候群に陥ったり円形脱毛症を患ったほどだから、貴方が評価している部分は非常に表面的なものに過ぎないと思います。母は兄の所に居て、姉の所に居て・・、もう、世話ができない、ということで私が世話をすることになった経緯を思い出すべきであって、第三者のような語り口で我々を評価する資格はないと思います。
現在の母、それに私たち夫婦は叫んでいます。叫び合っているように見えますが、目には見えない何かを恐れ、避けようとして叫んでいるんです。どう説明していいか分かりません。母の余命に最期まで付き合おうと仕事を半ば放棄し、人生を棄ててまで介護に臨んでいる私。生活に逼迫しながらも、「後は任せなさいと」、夢を語り続ける嫁。
私の人生観と嫁の夢が実現できればそれに越したことはありません。しかし、頼りの綱が切れ掛かっているのは事実のようです。私は母を最後まで立派に看取り、そこで私の命が尽きても本望。気になるのは夢を語る嫁の現実の暮らしです。
できることなら、来春も母と桜が見たいものです。嫁も後ろからカメラ片手にチョコチョコとついて回っているかしら・・。
♪:母がピエロになっていく
母は自分自身が昭和10年代初期から中期に博多で英文タイピストとして働いたキャリアを持っていながら、2003年の同居開始直後には我が家の嫁が働く姿を見て、「女の癖に働いて」、と非難したものでした。「夕飯の買出しを息子にさせるなんて酷い嫁だ」、とか、「女の癖に、女の癖に」、と何かにつけて言っていました。
似たような事は長男と暮らした時期の数週の間にもあって、兄嫁は過呼吸症候群という厄介なものに悩まされました。
「あのひと(長男の嫁)は一日に1回、必ず1時間くらいは外に出ては近所のお喋り女達と馬鹿話をしている」、と実家に戻った母は兄嫁を評していました。実際には兄嫁は夕飯の買い物に出掛けているだけなのですが、母にはこうした見方をする面が多分に常にあるんです。
電話だってそうです。少しでも話し込んでいると、「また、馬鹿話をして・・」、と非難します。
認知の進行に従い、こうした面が消失するかと思うと、それまでとは違う醜い部分が顔を出してきて以前にも増して増幅することもあります。そして、それはデイ施設という狭い隔離された世界で起きるケースが多いと聞きます。馴れ合いになってくるのか、施設で介護士さんや通所される自分より若いお年寄りに対して失礼な言葉を投げかける母の姿を見ることが結構あります。
「あんたになんか頼まんよ」、「へーっ、あんたにも〇〇ができるのね」、みたいな周囲を小馬鹿にした態度と口利きです。こんな時の母は自分のことを歌が浦のお姫様とでも思っているような感じにさえ思えます。
前述の10月7日の記事の「母と嫁との叫び合い」の遠因はこの辺にもあるんです。「あら、どうしたの今日に限って」、「し慣れない事はやらん方がいいよ」、と認知の進んだ母が投げ掛ける言葉を嫁が必要以上に気に留め、それを何日間にも渡って悩み引きづり考え続けているからあのような突然の叫び合いになるんだと思います。
嫁が使った、「私はお母さんが怖い」、という本当の意味は、「(どう考えても私はお母さんの言葉が理解できない。これ程に必死になってお世話しているのに・・、あんな酷い言葉しか返さないんだろうか・・私はお母さんの心が分からない。お母さんが私のことをどう思っているか・・)、私はお母さんが怖い」、という意味で使ったはずなんです。
嫁の使う言葉は非常に誤解を受ける事が多く、「お前の使う言葉は意味が分かりにくいから、周囲に誤解されやすいゾ。文法に沿った日本語を使え」、といつも注意するのですが・・、これが頑固で絶対に直さないんです。
私は嫁の態度や言葉をそこまで理解した上で嫁を責めているんですが、今度はその私の心を嫁が分からなくてプリプリと私を睨みつけるんです。
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☆姉のアドバイスにブログ上で答えてみたい。
家庭内の親子の衝突などの恥ずかしい出来事はブログには書かない方がいいのでなないか、と姉が注意してくれました。
私は我が家が介護家庭ではないのであれば「母と嫁の叫び合い」など書きません。でも、在宅介護で必死に暮らしている介護家庭では似たような親子の過ちや夫婦のぶつかりあいなどは日常的だと思っています。
書く以上は根拠を述べているし、読んだ嫁が介護に対する私の考えを分かってくれたらそれでいいんです。差し支えのない事しか書かないならただのノロケ日記になるし、誰も介護生活への参考にはしないと思います。
私は嫁だけを責めているんじゃないんです。嫁はプロの介護士ですよ、という断りを必ず入れてから書いているつもりです。
母が兄の元に身を寄せた2週間と既にその後の母と6年を暮らす私たちとの暮らしを比較する事自体が意味がないんです。兄嫁と私の嫁の比較なんて今の母には何の意味もなさないと思います。
今の母に対する介護というのは姉が思うようなスタンスでは語れません。
母と兄嫁は仲が良かった、兄嫁はお料理が上手だったということは比較的に心身ともに健常なお年寄りには一番喜ばしい事でしょうが、要介護4にもなるお年寄りの世話となるとそんな精神的な面だけでは絶対に危険です。
その兄嫁だって過呼吸症候群に陥ったり円形脱毛症を患ったほどだから、貴方が評価している部分は非常に表面的なものに過ぎないと思います。母は兄の所に居て、姉の所に居て・・、もう、世話ができない、ということで私が世話をすることになった経緯を思い出すべきであって、第三者のような語り口で我々を評価する資格はないと思います。
現在の母、それに私たち夫婦は叫んでいます。叫び合っているように見えますが、目には見えない何かを恐れ、避けようとして叫んでいるんです。どう説明していいか分かりません。母の余命に最期まで付き合おうと仕事を半ば放棄し、人生を棄ててまで介護に臨んでいる私。生活に逼迫しながらも、「後は任せなさいと」、夢を語り続ける嫁。
私の人生観と嫁の夢が実現できればそれに越したことはありません。しかし、頼りの綱が切れ掛かっているのは事実のようです。私は母を最後まで立派に看取り、そこで私の命が尽きても本望。気になるのは夢を語る嫁の現実の暮らしです。
できることなら、来春も母と桜が見たいものです。嫁も後ろからカメラ片手にチョコチョコとついて回っているかしら・・。
♪:母がピエロになっていく
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