2008年12月12日
♪:同居記録:75
☆2008.9.28。ある友人の話。崖の上のポニョ。
今の私は映画、TV、小説・・、などを見る読む時間がなかなかとれません。以前は米大リーグ中継を夜が明けるまで見たりしていましたが・・。先日、友人が私の事務所に訪ねてくれ、次のような話をしていました。
お盆に里帰りしていた息子夫婦や孫と一緒に「崖の上のポニョ」とかいう映画を観に行って気づいた事だというのです。子供達の振る舞いを見ていて、あー、このままだと将来はどんな大人になる・、というのが何となく分ると言うんです。
映画のシーン展開に合わせて泣いたり、ヒヤヒヤしたり、ホッとしたり表情豊かに映画の世界に浸る子供がいるかと思えば、最初から映画自体が作りモノだと分っていてポニョを観る気がない子供。必死に観ているかと思えば、「ワーッ、綺麗。イヤッ、怖い」、と映画のストーリーを無視してシーンの中のキャラクターだけに興味を示す子供・・、と我が身の血を引く子供達とは言え、昔の子供達の示した反応とはすっかり様変わりした現在の日本の平均的な子供の表情を見たと言うんです。
刺激があり過ぎる世の中、モノの溢れ過ぎる世の中、テンポの早い世の中・・、とありとあらゆるものが溢れた世の中に育って、物事を深く追求しない、追求できない世の中がそうした子供の個性を作り出しているのだろうか。個性とは言わないかも知れません。自由気ままな性格、制御をしらない自我の発達とも思えます。
自己をコントロールできない性格、思うまま、思ったままに自分を表に出す習慣を修正しないままで大人に仕上げてしまうと、いい結果よりも悲惨な結果を出すケースが多いもんです。
余りTVを見る機会がない私でもドキュメント番組などを見掛けた際には最後まで見てしまう事が多いのですが、外国を取材したモノなどで現地の子供達の笑顔、泣き顔など多様な表情の中に本当の人間らしい、子供らしい表情を見てとるのは私だけではない気がします。あの表情は・・、今の日本ではなかなか見る事のできない表情だと思います。友人と私はそんな事を話したものでした。
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☆2008.9.29。私の幼い頃の記憶を拾って・・。自作の遊び道具の話。
最近のいろんな事件を考察していくと、幾つかの理由を見つける事ができます。
兄弟が少ない、居ない。親との触合いがない。考える事をしない、相談する相手がいない。全てが危険で悲惨な結末になるという理由だけで喧嘩をさせない。一番の理由は、既にそんな環境で育った者達が社会の重要なポストに就いていて、決め事を作ってしまっている。
本来、別な意味での言葉だと分っていて使いますが、「火がない所に煙はたたない」、と言いますね。私はこのことわざ自体が間違っている気がしています。
実は、「火は煙がたった後にボッと起きるんです」。災害時の緊急救助隊などは着火用のグッズを持たされていると思いますが、本当に何もない手ぶら状態で山の中に放り出されたとして火を起こせるくらいの知恵を昔の方々は持っていたんです(私は起こせますが・・)。
忙しすぎる世の中、何かに追っかけられるだけの世の中で私達は大切な本能を次々と忘れていってしまっています。竹馬、缶蹴りをして遊んだ頃の事ばかりを懐かしんでいるのではありません。遊ぶ為の道具を作る喜びがあった事を懐かしんでいるのです。それが子育ての基本だったのです。
冬には雪が降る日を心待ちにしながられば雪車(そり)を作ったものでした。遊びの上手な子供は道具作りから上手かった。雪車などはもっとよく滑るようにと、孟宗竹を切り割って火であぶっては先を曲げ、雪車の下に下駄を履かせるのです。危険なほどによく滑りました。
冬が終ればボタ山に持って行き、急傾斜の山を滑り落ちるのが愉しくて仕方ありませんでした。肘や膝は擦り傷で血だらけでした。傷を負った日などは、帰宅して母親から赤チンキを塗って貰いながら説教をされるのが嬉しくて仕方ありませんでした。子供らしいと思いませんか?。
正月が近づけば棕櫚(シュロ)か蘇鉄(ソテツ)だったか忘れましたが、堅い葉の部分を水にさらして叩き、その繊維を集めて縄を編んで駒回し専用の縄紐を作りました。その駒ですが、買った奴をそのままで使っては回りが悪いんです。
私の場合、まず、本体から鉄製の芯を抜き、本体は塩水に漬けておきます。抜いた芯は燃え盛る風呂釜の火で熱して芯先を金槌で叩いて更に尖らせるんです。この尖った芯先を今度は砥石で研いで先ッぽを調整します。この時、金槌で本体に打ち込む分の凹みを考えて研がないと駄目。できあがった芯を本体に打ち込む際には塩を本体の穴にたっぷりと埋めてから芯を打ち込みます。塩分がグッと本体の木の部分を締めて芯をしっかりとホールドしてくれるんです。また、塩分による芯の錆が木への食いつきをよくする効果もあります。
こうして、最強の駒を作っては「喧嘩駒」と言って互いの駒を目掛けて投げ回しをしては割り合うのですが、私はいつも割られる役が多かったですね。私より加工の仕方が上手い子供がいたんです。実は、このような理詰めな作業は私より兄貴の方が上手かったんです。
クスの実鉄砲を作って遊ぶのは日本中で見られた風景でしたが、それに加工を加えて単発銃ではなく連発銃を作る子供も多かったようです。木工が趣味の私が竹細工が特に好きなのは、幼い頃のクス鉄砲作りとお袋の釜戸前で使う椅子作りがその起源であり、理由なんです。
♪:命の重さ
今の私は映画、TV、小説・・、などを見る読む時間がなかなかとれません。以前は米大リーグ中継を夜が明けるまで見たりしていましたが・・。先日、友人が私の事務所に訪ねてくれ、次のような話をしていました。
お盆に里帰りしていた息子夫婦や孫と一緒に「崖の上のポニョ」とかいう映画を観に行って気づいた事だというのです。子供達の振る舞いを見ていて、あー、このままだと将来はどんな大人になる・、というのが何となく分ると言うんです。
映画のシーン展開に合わせて泣いたり、ヒヤヒヤしたり、ホッとしたり表情豊かに映画の世界に浸る子供がいるかと思えば、最初から映画自体が作りモノだと分っていてポニョを観る気がない子供。必死に観ているかと思えば、「ワーッ、綺麗。イヤッ、怖い」、と映画のストーリーを無視してシーンの中のキャラクターだけに興味を示す子供・・、と我が身の血を引く子供達とは言え、昔の子供達の示した反応とはすっかり様変わりした現在の日本の平均的な子供の表情を見たと言うんです。
刺激があり過ぎる世の中、モノの溢れ過ぎる世の中、テンポの早い世の中・・、とありとあらゆるものが溢れた世の中に育って、物事を深く追求しない、追求できない世の中がそうした子供の個性を作り出しているのだろうか。個性とは言わないかも知れません。自由気ままな性格、制御をしらない自我の発達とも思えます。
自己をコントロールできない性格、思うまま、思ったままに自分を表に出す習慣を修正しないままで大人に仕上げてしまうと、いい結果よりも悲惨な結果を出すケースが多いもんです。
余りTVを見る機会がない私でもドキュメント番組などを見掛けた際には最後まで見てしまう事が多いのですが、外国を取材したモノなどで現地の子供達の笑顔、泣き顔など多様な表情の中に本当の人間らしい、子供らしい表情を見てとるのは私だけではない気がします。あの表情は・・、今の日本ではなかなか見る事のできない表情だと思います。友人と私はそんな事を話したものでした。
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☆2008.9.29。私の幼い頃の記憶を拾って・・。自作の遊び道具の話。
最近のいろんな事件を考察していくと、幾つかの理由を見つける事ができます。
兄弟が少ない、居ない。親との触合いがない。考える事をしない、相談する相手がいない。全てが危険で悲惨な結末になるという理由だけで喧嘩をさせない。一番の理由は、既にそんな環境で育った者達が社会の重要なポストに就いていて、決め事を作ってしまっている。
本来、別な意味での言葉だと分っていて使いますが、「火がない所に煙はたたない」、と言いますね。私はこのことわざ自体が間違っている気がしています。
実は、「火は煙がたった後にボッと起きるんです」。災害時の緊急救助隊などは着火用のグッズを持たされていると思いますが、本当に何もない手ぶら状態で山の中に放り出されたとして火を起こせるくらいの知恵を昔の方々は持っていたんです(私は起こせますが・・)。
忙しすぎる世の中、何かに追っかけられるだけの世の中で私達は大切な本能を次々と忘れていってしまっています。竹馬、缶蹴りをして遊んだ頃の事ばかりを懐かしんでいるのではありません。遊ぶ為の道具を作る喜びがあった事を懐かしんでいるのです。それが子育ての基本だったのです。
冬には雪が降る日を心待ちにしながられば雪車(そり)を作ったものでした。遊びの上手な子供は道具作りから上手かった。雪車などはもっとよく滑るようにと、孟宗竹を切り割って火であぶっては先を曲げ、雪車の下に下駄を履かせるのです。危険なほどによく滑りました。
冬が終ればボタ山に持って行き、急傾斜の山を滑り落ちるのが愉しくて仕方ありませんでした。肘や膝は擦り傷で血だらけでした。傷を負った日などは、帰宅して母親から赤チンキを塗って貰いながら説教をされるのが嬉しくて仕方ありませんでした。子供らしいと思いませんか?。
正月が近づけば棕櫚(シュロ)か蘇鉄(ソテツ)だったか忘れましたが、堅い葉の部分を水にさらして叩き、その繊維を集めて縄を編んで駒回し専用の縄紐を作りました。その駒ですが、買った奴をそのままで使っては回りが悪いんです。
私の場合、まず、本体から鉄製の芯を抜き、本体は塩水に漬けておきます。抜いた芯は燃え盛る風呂釜の火で熱して芯先を金槌で叩いて更に尖らせるんです。この尖った芯先を今度は砥石で研いで先ッぽを調整します。この時、金槌で本体に打ち込む分の凹みを考えて研がないと駄目。できあがった芯を本体に打ち込む際には塩を本体の穴にたっぷりと埋めてから芯を打ち込みます。塩分がグッと本体の木の部分を締めて芯をしっかりとホールドしてくれるんです。また、塩分による芯の錆が木への食いつきをよくする効果もあります。
こうして、最強の駒を作っては「喧嘩駒」と言って互いの駒を目掛けて投げ回しをしては割り合うのですが、私はいつも割られる役が多かったですね。私より加工の仕方が上手い子供がいたんです。実は、このような理詰めな作業は私より兄貴の方が上手かったんです。
クスの実鉄砲を作って遊ぶのは日本中で見られた風景でしたが、それに加工を加えて単発銃ではなく連発銃を作る子供も多かったようです。木工が趣味の私が竹細工が特に好きなのは、幼い頃のクス鉄砲作りとお袋の釜戸前で使う椅子作りがその起源であり、理由なんです。
♪:命の重さ
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